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御朱印のお願い

 御朱印ブームなんでしょうか。時々ふらっと訪れた方が、御朱印を書いて欲しいと仰います。浄土真宗は御朱印を書かない由をお話して、御仏前で手を合わせてくださいとお願いしますが、書いてくれないなら、と、そのまま帰られてしまいます。
 ある時、御朱印をお断りすると「ホームページに載ってる猫ちゃんを描いてくださってもいいんです。お願いします」と言われました。
 うーん!浄土真宗云々以前の問題となります。あの達筆な御朱印のババーンとした字や、どーんと押された判子の次のページに落書きの猫のイラストがある図を想像した瞬間、脳内に×(バツ)記号が並びました。
 あれは落書きを編集部の好意で載せてもらっているだけなので、どうか勘弁してください、と、逆にこちらがお願いするはめになりました。
 子どもの頃に、親戚のおじさんが、御朱印帳を見せてくれた事があります。この帳面は、有難いものなのだと仰っていたように思いますが、当時の私には、オリエンテーリングのスタンプラリーみたいだなーと思った記憶があります。もちろん、スタンプラリーとは別物なのですが、御朱印の起源は、お寺にお経を奉納した証としてのものです。
 お経を奉納するのは、ご先祖の追善供養ですから、追善供養をしない浄土真宗ではお受けする事はできないのです。
 もう十年ほど前になりましょうか、書道をやっているお嬢さんが般若心経を写経したので奉納したい、と、知人から言われた事があります。うちでお受けする事はできませんので、友人である他宗のお寺の奥様に相談し、そちらに奉納させて頂きました。知人のお嬢さんは、本来の意味ある御朱印を頂戴する事となりました。
 さて、お寺とは、御朱印を集めるためにお参りするところなのでしょうか。となると、一度御朱印をもらえば、二度とお参りすることはないような気がします。
 大事なのはお参りしたことがあるかどうかではなくて、お参りしてみ教えに出遇えたかどうか、どんな教えに出遇えたかということであるように思います。

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