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蓮如上人御一代記聞書4
「弥陀を一念たのむとき」②

 蓮如上人は、加賀から来た願生さんと覚善さんに信心についてお話になったあと、続けてこう語られたよ。

 総じて罪はいかほどあるとも、一念の信力にて消しうしなひたまふなり。

 仏教では、僕たちの存在を「流転輪廻するもの」として示されているよ。流転輪廻とは、地獄・餓鬼・畜生などの迷いの世界を、はるか昔から生まれかわり死にかわりしてきたということ。今人間に生まれているけれど、これもまた輪廻の中にあり、次の生にはどの世界に行かなきゃならないか、自分でもわかっていない。これまでも、今も、これからも迷い続けているのが僕たちなんだ。
 その迷いの歴史の中で、多くの罪を作ってきた。罪を作るから仏に成れず、輪廻から離れることができず、自分が作った罪の結果として次の生が決まり、グルグルグルグルいろんな世界を回り続けているわけ。阿弥陀様は、この僕たちの姿を哀れに思い、四十八の誓願をたててくださり、なんとかして救ってやろうと誓ってくださったんだ。
 信心について聞いても、願生さんと覚善さんは自分自身が作り続けてきた罪を思うと、心配でならない。そこで上人は、「自分の作った罪について、あれこれ悩む必要はないぞ。信心いただいたその時に、お前の罪はすべて阿弥陀様が消し去ってくださる。阿弥陀様は、それほどの智慧を持っておられるんだ。だから何も心配しなくていいんだよ」とお説きくださったんだ。
 そもそも、阿弥陀様の願いは罪のない人たちを救いたいというものではなかったね。罪を作り続け、それにがんじがらめにからめとられて、苦しみにあえぐ僕たちのためにたてられたものなんだ。僕たちの心の真っ暗な闇の中、苦しみの真っただ中で修行してくださっているのが阿弥陀様なの。その阿弥陀様の心に目を向けて、手を合わさせてもらおうよ。

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