1. HOME
  2. 仏教コラム
  3. おびんずる様に出逢って

おびんずる様に出逢って

 少し前に行った鑁阿寺(ばんなじ)という真言宗のお寺さんの本堂の入口に、「おびんずる様」という仏様がいらっしゃいました。お木像ですが、元々は漆が塗ってあったのがわかりました。お身体の漆は剥げてしまっています。
 「このお像は賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)と言い、足・腰・頭・身体の悪い所を信心を受けて直してくれる仏様です」と、説明書きがありました。参詣者が撫でるうち、厚く塗られた漆が剥げてしまっているのです。
 少したってから、深大寺(こちらは天台宗)の本堂の軒下に、やはりお木像の「おびんずる様」がいらした事を思い出しました。一緒に行った子どもたちが、頭が良くなりますように!と、随分丁寧に頭を撫でておりました。おびんずる様が願いを聞き入れてくださったかどうかはビミョーで今に至りますが。
 また、長野にいる先輩から、善光寺では、毎月『びんずる市』という市が立つ話を聞きました。賓頭盧尊者はお釈迦様のお弟子の十六羅漢の筆頭だそうですね。おびんずる様の身体が、撫でられてテカテカしているのは人間の欲の現れだね、と、大変真髄をついた一言も。
 浄土真宗寺院には、おびんずる様はおりません。その他にも、願いを叶えてくれる仏様はおりません。
 自分ではどうすることもできないことが起きた時、悲しみの現実を目の当たりにしたり、今の苦しみから逃れたい時、どうしたらいいでしょうか。何かにお願いしなければおれない私、何かにすがらなければ生きていけない私です。
 浄土真宗は、私が阿弥陀さまにお願いするのではなく、阿弥陀さまが私に願いをかけられていることを聞かせていただくみ教えです。こうすれば願いが叶うとか、良い事がある、と言う教えではありません。
 苦しみや悲しみは私一人で抱えていかなければなりませんか?阿弥陀さまは常に私の苦しみや悲しみを一緒に抱えてくださいます。そしてもちろん、楽しい事や嬉しい事は一緒に喜んでくださいます。阿弥陀さまに導かれ支えられながらしっかりと生き抜く為には、阿弥陀さまのお声に耳を傾けねばならないよなぁ、と感じました。

関連記事