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父の三十三回忌

 先日、初めて大谷本廟のお晨朝(じんじょう)にお参りしました。その日は次男の学位授与式で、前日に上洛、そしてまた、父の三十三回忌となる祥月でした。
 お堂で讃仏偈を上げた後、明著堂(めいちょどう)に移りました。すると、ちょうど朝陽が親鸞さまを清々しく照らし、今まで見たことない美しさでした。
 学位授与式の音楽礼拝が優しく耳に残る中、もう一度、大谷本廟に戻り、今度は父の分骨がしてある納骨堂にお参りしました。翌日が彼岸の入りの土曜日ですから、お晨朝の時が嘘のように家族でお参りに来た沢山の人たちで賑わっていました。帰ろうとした時、授与式後の祝賀会が終わった次男が合流する事となり、待ち合わせの間境内散策をしながら、ちょうど一週早く、家族で父の三十三回忌をお勤めした事を思い出していました。
 いつも父の年回法要を、ついうちのお寺でやっていましたが、三十三回忌は節目でもあるので、千葉のお墓でやろうとなり、石屋さんにお世話になったのでした。その石屋さんは、結婚前も今も、家族ぐるみのお付き合いをしていて、子どもの頃は親戚のおじさんとおばさんと思っていた程です。
 石屋さんご夫妻が、三十三回忌をお勤め出来た事を、大変よろこんでくださいました。父が亡くなった時、三十三回忌の年は、私がこの父の歳になるのだな、とぼんやり思っていたのですが、今年の自分の誕生日にたまたま所用で京都に行ったので、大谷本廟にお参りし、納骨堂のお掃除をしながら分骨容器の父の年齢を見て、感慨深かった話をしました。
 弟が法話の中に、父が亡くなった時の自分の年齢が、高校卒業の姪と甥(うちの四男)である事も、何かのおはたらきを感じると話していました。
 よく、三十三回忌がつとめあげと言われますが、決して三十三回忌で終わりという事ではありません。節目の一つです。母が元気なうちは、千葉のお墓で年回法要をするのもいいかもしれないと考えています。もちろん、お墓の下には故人はもういないのですが、お墓は故人を通しての心の拠り所なのです。浄土真宗のお墓に南無阿弥陀仏と彫られているのは、そこに手を合わせるからであって、まことに理にかなっているなぁと、しみじみ感じています。

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