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名医との出遭い

 先日、主治医の勧めで初めて胃の内視鏡検査を行いました。特に胃の具合が悪いということはありませんでしたが「もう検査しておかないといけない年齢だからね」と言われ、迷う暇もなく、あっという間に検査の日が決まりました。
 検査の日が近づくにつれ「もしも、お仕事の予定が入ったら検査は別の日に延期できますよ」という事前の先生の言葉が何度も頭をよぎります。
 心待ちにしていなくても予定通りにその日の朝はやってきました。検査当日は朝食を摂らないので何だか余計に落ち着きません。病院での受付を終え、しばらくしてベッドに横たわる身となりました。
 検査は考えていたより苦しくもなく、10分ほどで終わりました。
 そして、その後に画像を見ながら診断となりましたが特別危惧するような病変もなく、ひと安心という結果でした。
 自分のお腹の中を鮮明な画像で見るというのは何とも不思議な感覚です。生まれてから今日まで片時も離れることのないわが身の中身がこんな様子になっていたのか、と新たな驚きがありました。
 さて、その時に自分の心の中はどうなっているのだろう、と思いました。病院で画像や数値で表すことのできない私の心の姿です。
 その姿を親鸞聖人は

悪性さらにやめがたし
こころは蛇蝎のごとくなり
修善も雑毒なるゆゑに
虚仮の行とぞなづけたる

(「正像末和讃」悲嘆述懐讃)

(悪なる行いを止めることのできない私のこころは蛇や蝎のように醜悪な姿である。)
とお示しくださいました。 画像で見たら手のつけることのできない末期の様子です。そのようなあなたを救うために阿弥陀さまが居てくださるのですよ、と重ねてお示しくださいました。

十方微塵世界の
念仏の衆生をみそなわし
摂取して捨てざれば
阿弥陀となづけたてまつる

(「浄土和讃」弥陀経讃)

私たちがどんな時でも見放すことのない、阿弥陀如来という、この名医にたのむ以外に助かる方法はないのです。

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