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殊勝なるもの

 ご法話の最後に「肝要は御文章にて」と拝読される御文章は蓮如上人が全国のご門徒にお書きくださったお手紙です。仮名書きで浄土真宗の教えを簡潔に教示されたものです。元々は「御文」と称されていましたが東西本願寺が分派してから後、本願寺派(西)は「御文章」大谷派(東)は「御文」と称することとなりました。
 さて、蓮如上人は浄土真宗中興の祖とされる方ですが苦難のご生涯でした。その中でも本願寺を京都から福井県吉崎に置かれたことがその後、北陸地方に浄土真宗の興隆をもたらすことなりました。
 この吉崎御坊には蓮如上人を慕って全国からご門徒が群参したといわれています。
 さて、この吉崎時代に蓮崇(れんそう)という方がお弟子になりました。元々は字の読み書きも出来ませんでしたが、仮名文字の書写から始め、次に漢文を習い、やがて聖教の書写までも短期間のうちに身に付けました。その秀でた姿が蓮如上人の信任を得るところとなりました。
 その後、諸事精進した蓮崇は蓮如上人の側近としてその才覚を発揮しました。
 その中でも蓮如上人自らが全国のご門徒に簡潔に教義をかみくだいた御文章を発信して教線の拡大に用いる事を提案したのが蓮崇だったのです。
 この御文章は仮名文字ではありますが、その時代は文字の読めない人が多くいました。そこで、地方の村長(むらおさ)のような方々に送り、村びとを集めてその内容を味わいました。常に人が集まり浄土真宗のご法義に触れる場所が出来たのです。今日、浄土真宗の末寺は2万ほどにもなりますが、その原型が御文章という文書伝道であったことを忘れてはいけません。
 御文章には最後に必ず「あなかしこ あなかしこ」と記されています。これは、ご法義の尊さや仏法を受ける我が身の姿や心構えなどを示された最後に「おそれおおいことです。謹んで頂戴します」と結ばれたのです。
 蓮如上人が最晩年に病気で臥せておられた時にお弟子に御文章を読んでもらい「わがつくりたる物なれども、殊勝なるよ」とおっしゃった事が伝えられています。
 尊いお聖教を日々頂戴できることに感謝させていただくばかりです。

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