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有ること難し

 先般、築地本願寺で厳修されました親鸞聖人御誕生850年 立教開宗800年慶讃法要は誠に尊いご勝縁でした。
 その際、ご門主さまのご親教のお言葉のなかに800年に渡って教えを護ってくださった方々への感謝が述べられました。

 弥陀の本願まことにおはしまさば、釈尊の説教虚言なるべからず。仏説まことにおはしまさば、善導の御釈虚言したまふべからず。
 善導の御釈まことならば、法然の仰せそらごとならんや。法然の仰せまことならば、親鸞が申すむね、またもつてむなしかるべからず候ふか。

(弥陀の本願がまことであらせられるならば、その仏説に随順して本願念仏のこころをあらわされた、善導大師の御釈にうそのあるはずがありません。善導大師の御釈がまことであるならば、ひとえに善導大師の教えに準じられて説き示された法然聖人の念仏のみ教えが、どうしてうそいつわりでありましょう。法然聖人の仰せがまことであるならば、その教えのままに信じているこの親鸞の申すこともあながちにいたずらごとではありません。)

 これは『歎異抄』第二条の中に示されたものです。
 関東からの門弟がはるばる京都の親鸞聖人のもとを訪ね、往生極楽の道について問われたことに対して親鸞聖人が結論として語られたお言葉です。
 弥陀の本願が大切にそして脈々と伝えられたことの有難さが述べられています。
 この度の法要が時代を越えて、数限りない多くの方々へそのご苦労に感謝する法要だったことを思うとき、まさに有ること難しのご法縁だったのです。

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