ありがとばぁば
ちらし寿司、茶碗蒸し、豆腐のしんじょう、はんぺん肉巻き、お赤飯、フレンチトースト、オムライス、水餃子、チヂミ、白和え、ヒジキ煮…
母が亡くなって一年の間に作らなくなったものが30種類以上ある事に気付きました。ヒジキ煮は常備菜でしたから、作っておくと他の料理にアレンジできるのに、前に作ったのはいつだったかな…
よく作っていたものは、母が好きで作り、そのご相伴に預かっていたわけです。そうでなくても、子ども達が大学で家を離れるたびにその子の好きだったものは食卓に上がらなくなりました。1人につき数品は作らなくなってきていたので、今に我が家は10品位を日替わり定食的にぐるぐる回すだけになりそうです。
母は食が細かったので、ちょっと気を抜くとタンパク質や鉄分が足りないと主治医から指導されるのです。食も身体も細くなく、血が濃くて血液データはおっさん⁉︎な私と、足して2で割ればちょうど良いのに、そうは問屋が下しませんでしたね。
そんな訳で、ついつい母の好きなものばかり作っていたのでしょう。80歳過ぎたら嫌いなものは食べなくていいよ、嫌いなものは栄養にならないから、と申していました。今日頂いたものが明日の身体を作りますから、母の苦手なものもこっそり献立にしのばせてはいましたけれど(笑)
さて、私は昨年初めてご本山の御正忌にお参りできました。ですが、母の急逝を思い返すたびにある種の後悔が頭をよぎり、今年は行かれないかもと思っておりましたが、12月の義母の一周忌を終えて、気持ちの区切りができ、今年も御正忌にお参りする心持ちになれました。
ご本山での法要で、受け念仏の方の声を聴き、無性に懐かしさが込み上げました。私の祖母は『念仏お婆ちゃん』でした。浄土真宗の徳信の家に生まれた母親に育てられた祖母は、その母から譲られたお経典を大切に持っておりました。いつでもナンマンダブと口から出ていました。父方祖母は念仏お婆ちゃん、そして、母は『ありがとばぁば』でした。いつでも有難う有難うと申していました。
さてね、私は今に何婆ちゃんになるのかな、そんな事を考えている今です。


