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蜘蛛の糸と歎異抄

 NHK「こころの時代」で芥川龍之介の『蜘蛛の糸』についてのお話がありました。釈撤宗先生が聞き手を務められて、歎異抄についても触れられていました。
 一緒に見ていた末っ子(もう子どもではないです…今年彼は、住職が父親になった年齢となりました)が、テレビの絵本読み聞かせ番組で、カンダタが地獄に真っ逆さまに堕ちる描写が凄く怖くてさぁ、と話してくれました。
 そう、小学生時、私も絵本的読み物だったので、あのクライマックスは怖かったのです。ですが、ラストのお浄土の浄らかな情景が何とも言えずに好きで、本を閉じてからもまたお話の最初にもどれるような不思議な感覚がありました。
 祖父が亡くなったのが小学4年生でしたから、きっとその頃だったのでしょう。人の「死」が身近になり、父に地獄に落ちたカンダタも救われるのかと問うた事がありました。その時父は、そうだね、阿弥陀さまなら救うてくださるね、と申しました。
 中学3年時、また父に、カンダタが蜘蛛の糸を登ったけど、あれは自力の教えという事なのかな、と訊きました時、あぁ、それはお前、大変良いところに目をつけたね、と、『歎異抄』を勧められました。
 それから暫くしての模試の古文に「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」の正しい訳を選べ、という問題が出ました。わー、これ引っかけ問題やー、とニヤリとしながら正解できた由を父に伝えましたら、豪快に笑って、歎異抄だけしっかり読み込めば、他の古典は読まなくてもよい、と言われました(いや、受験においてそうはいかないでしょー)。
 その後、高校3年生の終わりと二十歳の頃と父に歎異抄を読みなさい、読んだ歳によって受け取り方が変わるから、これからもずっと、人生の節目節目には読むといいよ、と言われました。
 21歳の時に父が亡くなりました。その時、お寺の関係ではない幼馴染みのお母様が、辛くて仕方のない時は歎異抄を読むといいわよ、私はみっちゃんのお父様に歎異抄を教わってから、人生の節目に読むようにしているのよ、と泣きながら話してくれました。
 「こころの時代」で久しぶりに『蜘蛛の糸』に触れて、地獄に堕ちるカンダタを阿弥陀さまの手が救い取り、カンダタが一人の亡者を、その人がまた次の人を手に手に極楽の蓮池へ上がって行く様を想像してしまいました。最後の一人は…私かな…。

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