娑婆の縁

 親鸞聖人が関東でお念仏の救いをお伝えいただいていた時を同じくして「常陸の敬仏房」と呼ばれていた方がありました。
 高潔な世捨て人として「常州に真壁の敬仏房とて明遍僧都の弟子にて道心者と聞こえし髙野聖は」と『沙石集』に記されています。
 法然聖人の教えをいただかれていますので、親鸞聖人とは兄弟弟子にあたります。のちに高野山にのぼり明遍僧都の弟子となられました。
 さて『一言芳談』に
敬仏房、奥州の方修行の時、寄宿しける在家の、四壁・大堺みな破れて住み荒らせる体なり。そのゆゑを問ふに、亭主答へて云はく、「名取郡に移り住むべきゆゑなり」云々
敬仏房、これを聞きて落涙し、同行に示して云はく、「欣求の心あらば、自然に穢土を執すべからず」才覚に言はれけるなり。

(あるとき敬仏房が奥州(東北地方)に修行の旅をしているとき、ある在家に一夜の宿をお願いしました。
 しかし、その家は四方の壁は破れて、境の土塀は崩れ落ちて、いかにも住み荒らした無残なありさまでした。そこで敬仏房がそのわけをたずねますと、その家の亭主は「この家は、もうすぐに捨てて近くの名取郡へ移り住むことになっているからです」と言いました。
 それを聞いて敬仏房は思わず涙を流し、同行の弟子に「この方は、やがて移り住む新居をよろこび待つ心あれば、捨てていく家はどんなに荒れはてていようともかえりみないのである。わたくしどもも浄土をよろこび願う心があれば、すぐに捨てていくようなこの世にとらわれて愛着するようなことはなくなっていくはずである。尊いことを教えられた」といったそうです)
と記されています。
 さて、私たちはなぜ、この世に執着するのでしょう。それは、この身に備わっている煩悩によって進むべき道を遮られている姿です。 そして、必ずこの娑婆世界を離れる時が来ますが、それを心待ちにすることのできない私なのです。
 法然聖人は「いけらば念仏の功つもり、しなば浄土にまいりなん、とてもかくても、此身には思ひわづらふ事ぞなきと思ひぬれば死生ともにわづらひなし」とお示しくださいました。
 娑婆の縁が終われば、お浄土に生まれさせていただくことをよろこび、生きることも、死することも同じように尊い法縁であることを伝えてくださいました。

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