点滴苦手
「明日から点滴なしだよー」と主治医がニコニコ顔で伝えた時、私も嬉しかったのですがクリニックナースも皆んな心の中で万々歳をしていたと思います。
風邪をこじらせ受診したクリニックで、炎症反応がとんでもない数値を叩き出し、風邪よりそちらにノックアウトされ、一日に2回点滴に通いました。そのおかげで、医師もびっくりするほど回復が早く医療の恩恵に与れました。
で、問題が点滴です。本人の性格と真逆の奥ゆかしい血管は医療者泣かせ。申し訳ないと謝るばかり。ここの血管からこの針でやって、とお願いしてみたり。そして点滴患者はヒマですから、看護師や患者を観察していました。
ふと「獅胆鷹目行以女手」という言葉を思い出していました。「したんようもく おこなうにじょしゅをもってす」と読みます。某国立大学医学部が掲げている言葉で、主には外科医に向けての心構えで、獅子のように肝っ玉を据えて鷹のように鋭い観察眼を持ち、オペ等施術の際は女性のように柔らかで繊細に行えよ、という意味です。
看護の『看』は真実を見る『目』と手当ての『手』からなっていますし、優秀な放射線技師が本来の疾患に隠れた重大な疾患を見つける事は多々あります。この言葉は外科医だけでなく、全ての医療者に通づるものではないかなぁと考えていました。
以前恩師から、この言葉はなんと私が生まれる400年も前にイギリスの外科医が出版した本に原文があり、それが江戸時代の蘭学と共に日本に伝わり蘭学医によって訳されたのだと教わりました。
最後の点滴を受けながら、思い返していたのは、感染症で入院した母が退院の時、両腕がゾンビみたいに凄い色だった事です。点滴漏れだけでなく、何度も針を刺されて頑張った名誉の負傷だねと言いました。そう、私の出にくい血管は母譲りで、ずっとそれを憂いていましたが、母がいない今、これは私を傲慢にさせない為かもしれない、と思い直すようになりました。
血管が見えにくくて『ごめんなさい』、上手く入れてくれて『有難う』、この二つの言葉をきちんと伝えられるように、母から譲られた事のように思います。


