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浄土真宗では

 みなさんは外国の方に日本という国を説明するとしたらどのようにお話しされますでしょうか。気候や景勝地や食べものでしょうか。日本には季節の移ろいがあってそれに合わせての生活があり、富士山を筆頭に素晴らしい景色を誇らしく思い、様々な食べものが画一的でなく、全国に郷土の食文化があることなどを紹介するのではないでしょうか。
 しかし、日本人ではあるけれども日本に住んだこともなく、日本食を食べたことも作ったこともなく、名所旧跡も写真でしか見たことがなければどうでしょうか。自信や喜びをもって語ることはできないと思います。知らないうちにこの身のなかに醸成されているようなことがたくさんあるのです。
 さて、縁あって浄土真宗のみ教えを頂戴するようになると、それまでの仏教の教えと違って感じることが出てくるのではないでしょうか。
「善因善果 悪因苦果」
善き行いを重ねることは善き果をいただくことができる。
 一方、悪なる行いを重ねれば苦しみを伴う果を身に受けなければならない。真にその通りなのですが、親鸞聖人は「善とは何ですか」「悪とは何ですか」と問われるのです。
 自らの力を頼りとして厳しい修行を積むことで煩悩を絶ち悟りを開くことを目指すことが、仏教の本来の姿である思いますし、在家の方々は修行した行者よりご供養を頂戴するのが、一般的に理解されている仏教かもしれません。
 浄土真宗では修行によって悟りを目指すのではなく、阿弥陀如来により救いの道を歩むのですが、それには自らの力は必要ないことが強調されるのです。
 そして、念仏を称えることが大切であるけれども、極楽浄土に往生するためのものでも、功徳を積むために称えるものでありません。
 さらには、祈祷や呪術によって災いを避けたり、先祖の霊を慰めたりすることがないのが浄土真宗のありかたなのです。
 なぜ、浄土真宗ではそのように頂戴するのでしょうか。その答えは「親鸞聖人が導かれる真に救われるとは」というお心をじっくり味わっていかなければなりません。
 このことを、誰にでも語り喜ばせていただけるようお聴聞を重ねて参りたいと思います。

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